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「水無月」とは、水が無い月のことではなく、「神無月」は「神の月」と同意で、「水の月」という意味であるということは独断暦でも述べているとおりです。
5月は夏を思わせる日が多かった当地ですが、ここ数日は梅雨を思わせる曇天の日が続いています。降るといっても30分程度・・・ 地面を湿らせる程度の雨量です。
『水田の水が干上がった』という声をしきりに聞くようになりました。田植えが終わったばかりですが、同じ三原市内にあって水不足の為にいまだに田植えを終えてない地域があることを知り愕然としました。
古の天変地異は正に「天災」でありましょうが、現在の異常気象や温暖化といった現象は、明らかに我々人間が過度の豊かな生活を追求した結果もたらした「人災」ではないでしょうか。
今回使用している写真は、正に私が祓詞(はらへことば)を唱える際に黙想して思い浮かべる光景です。
滝から注がれる水が、やがて緩やかな川幅の広い流れとなって大海原に注ぎ、ついには海底深くまで飲み込まれて罪や穢れを『祓所四柱』の御神威(みいつ)によって祓って戴く大祓詞の巻末をイメージしています。
慣用句にある『水に流す』は、「過ぎ去った悪いことを咎めないことにする」、「過去のことを無かったことにする」という意味ですが、悪しきことが蔓延る現代社会においては水に流さなければならぬことも多くあります。無かったことにするのではなく、罪や邪悪を祓い清める必要があるということです。
他にも「水に流す」、「水くさい」、「水いらず」、「水を差す」、「水掛け論」、などがあり、日本語において水にまつわる言葉は正に「湯水のごとく」存在します。
話しが逸脱しましたが、水不足のようです。今年の稲作がどうなるのか大変気がかりです。
昭和63年、御病床の昭和天皇の最後のお言葉であったと記憶しますが、宮内庁長官に『今年の『稲はどうか…』とお尋ねになりました。最後の最後までそれを主食とする国民を心配して下さいました。
「国安かれ」「民安かれ」の祈りが、歴代一貫した天皇の祈りです。
コップ一杯の小便を流すのに洗面器一杯の水で流す現代生活。ECOという言葉が一人歩きしているようにも思いますが、我々の生活も今一度見直さねばならないのではないでしょうか・・・
| 日 に ち |
時 刻 |
祭 儀 |
備 考 |
6月 1日(月)
6月15日(月) |
9:00 |
月 次 祭 |
半月のご神恩に感謝し、更なるご加護をお祈りします。 |
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